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最新ヨーガク情報&ニュース

[FUJI ROCKの作り方]フェスは持ち時間が通常のツアーより短いので、選び抜いたセットで挑みます。(THA BLUE HERB)[連載「FUJI ROCKの作り方」]

BLUE_HERB.jpg

THA BLUE HERB(ザ・ブルーハーブ)


a.)出演者として、またお客としてフジを見たときのフジロックの魅力とは?


普段交わる事のない色んな畑のアーティストが同じ場所で観れる事。



a.)他のフェスと比較して、フジならではの文化や魅力はありますか。

海外の現在トップに君臨するアーティストと同時に往年の大物も出演する所。



a.)印象に残っているシーンは?(ステージ上/それ以外で)

2000年の太陽が照りつける昼下がりのホワイトステージでライブした事。
空がどこまでも抜けていて、自分の声も心も突き抜けた感覚を今でも憶えている。

つづきはこちら

[FUJI ROCKの作り方]子連れフジロッカー登場!![連載「FUJI ROCKの作り方」]

フジロックは1999年に現在の苗場スキー場に場所を移してから、年々子連れの参加者が増えているように思える。しかし同時に、子どもを抱えているが故にフジロックに参加しにくいという声も耳にする。今回紹介する英教さん(44歳)は2000年からほぼ毎年、4歳〜小学生の子どもを連れてフジロックに参加している。そんな『子連れフジロッカー』ならではの視点で、これまでのフジロック、そして今後のフジロックに対していろいろ語ってもらった。

まず最初に、英教さんがフジロックに参加したきっかけを聞いた。


「初めてフジロックに参加したのは、1998年の2回目からですね。1回目にもすごく行きたかったんですけど、初めてのことだったので躊躇して行かなかったんです。2回目のときも迷ったんですけど、結局ひとりで行ってみたらすごく楽しくて。これは来年は仲間たちと一緒に行きたいなぁと思って、1999年の苗場には7〜8人で行ったんですよ」....つづきはこちら

[FUJI ROCKの作り方]ブライアン・バートンルイスさん[連載「FUJI ROCKの作り方」]

Bryan-DJ.jpg
ブライアン・バートンルイスさん

2003年に初開催されて以来、熱い支持を受け、今では「フジロック金曜深夜の顔」にまで成長した「オールナイトフジ」。今回はそのオーガナイザーであるブライアン・バートン・ルイスにインタビューを敢行。イベント運営を中心に、普段知ることのできない裏側について話を聞いた。

まずオールナイトフジを始めるきっかけは何だったのだろう。


「僕は野外のレイヴパーティが大好きで、毎年行ってるフジロックとの共通点を感じたんですよね。ダンスカルチャーやレイヴシーンと、フジロックで遊んでいる人との感覚が似ているとずっと思っていて、それでフジロックでもっとダンスミュージックを楽しみたいということを日高さんに一方的に言ったら、「じゃあやってみろ!」という話になったんです。ちょうどORANGE COURTというステージができた年で、じゃあそこでやってみようということになりました」 ....つづきはこちら

[FUJI ROCKの作り方]子連れフジロッカー登場!![連載「FUJI ROCKの作り方」]

フジロックは1999年に現在の苗場スキー場に場所を移してから、年々子連れの参加者が増えているように思える。しかし同時に、子どもを抱えているが故にフジロックに参加しにくいという声も耳にする。今回紹介する英教さん(44歳)は2000年からほぼ毎年、4歳〜小学生の子どもを連れてフジロックに参加している。そんな『子連れフジロッカー』ならではの視点で、これまでのフジロック、そして今後のフジロックに対していろいろ語ってもらった。

まず最初に、英教さんがフジロックに参加したきっかけを聞いた。


「初めてフジロックに参加したのは、1998年の2回目からですね。1回目にもすごく行きたかったんですけど、初めてのことだったので躊躇して行かなかったんです。2回目のときも迷ったんですけど、結局ひとりで行ってみたらすごく楽しくて。これは来年は仲間たちと一緒に行きたいなぁと思って、1999年の苗場には7〜8人で行ったんですよ」

そして2000年、初めて子どもをフジロックに連れていった。

「1999年は苗場に移って最初の年でしたけど、かなり楽しかったですね。山や川があって、環境がすごくいいので、それを子どもに体験させたいと思って、2000年から一緒に行くようになりました。僕は子どもが3人いるんだけど、最初に行ったのは長男が4歳のときで、ずっと子どもの世話をしていてほとんどライブは観れなかったですね(笑)」....つづきはこちら

[FUJI ROCKの作り方]バックヤード編:撮影隊長・栗田裕介さん[連載「FUJI ROCKの作り方」]

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フジロックはライブ映像だけでなく、バックヤードでのアーティストのインタビュー風景やオフモードの映像、お客さん達の会場内での過ごし方など、様々な映像に見覚えがあると思う。
97年のフジロック初年度から、スペースシャワーTVの番組を通して、プロデューサー兼ディレクターとして、フジロックの映像制作に関わってきた、栗田裕介さんにお話を伺った。



「僕が当時スペースシャワーTVでやっていたのが、ブライアン・バートンルイスの番組で、彼はけっこう情報通なので「SMASHが今年、ヤバイことをするらしい!」と言うので関わり始めたんです。ライブはWOWOWさんがきっちり撮っているので、スペースシャワーの場合は、よりバックヤードを含めたところの“ドキュメンタリー”っていう関わり方でいこうと。アーティストのインタビューだったり、会場の様子だったりっていうのを伝える方向の番組を、最初から目指してました。僕はディレクター兼プロデューサーとして、実際にカメラを持って、いろいろ嵐の中を動いてましたね」

つづきはこちら

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